カビパン男と私

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定数にまつわる妄想

なんだか高校数学のことを思い出す機会があって、数学のわからなさというのを振り返りたい気分である。

わかり方は正しいわかり方というものがあるから、そんなにバラエティに富んでいるわけではない。しかし、わからないほうは、「どうわからないのか」がじつに千差万別であって、随分バラエティに富んでいる。で、私の場合は変な思い込みのおかげで「わからない」ということが実に多かった。

そういう思い込みなく、教科書が読める人は、頭がいいのだろうと思う。というか、そういう思い込みなく物事を見聞きできるというのが、私の考える頭がいいことの定義の一つであって、この定義によると私はじつに頭が悪いのである。

さて、今回のテーマは定数だ。定数というのは何ぞやというのは、ずいぶん悩んだ記憶がある。じつは、定数というのが何だかわからない点が問題なのだと気づくまでに相当の期間があったのだから、それを併せると本当にいやになってしまうほどの長きにわたり、これがわからなかった。

問題

問題となるのは、次のようなケースだ。

\( x \) の関数 \( y = x^2 - 2ax + 2a^2 + 2a + 1 \) の値を最小にする定数 \( a \) および、そのときの \( y \) の値を求めよ。

問題集に載ってるっぽい解答

だいたい参考書の解答は次のようなものだ。

〈解答前半〉\( a \) を定数考えて平方完成すると、

\( y = ( x - a )^2+a^2+2a+1 \)

となるので、\( x = a \) のときに \( y \) が最小値 \(a^2 + 2a+1 \) をとる。

〈解答後半〉次に、 \( a \) を変数と考え、最小値 \(a^2 + 2a+1 \) を平方完成すると、\( (a+1)^2 \) となるので、\( a=-1 \) のとき、\( y \) の最小値は \( 0 \) となる。

わからん

高校では、2 変数の関数というものを正面切って扱わないので、2 回に分けて 1 変数の関数を考えることにより問題を解くわけだ。

これが、かなり気持ち悪かった。「定数というのは π の値が 3.14... である如くに『定まった数』と信じていたのに、後半で \( a \) を変数として扱っているからだ。後半で変数として扱うなら、前半で定数として扱うのは不正ではないのか? 前半で定数として扱ったのなら、後半でも定数として扱うべきなのではないか? 後半で \( x \) は変数なのか定数なのか? というか、そもそもあとで \( a \) の値を色々変えて最小値を求めるなら、 \( y = x^2 - 2ax + 2a^2 + 2a + 1 \) というのは最初から \( x \) と \( a \) の関数であって、問題文が『 \( x \) の関数』と言っているのはおかしいんじゃないか?」そんなことをいろいろ考えて頭をかかえてしまった。

私がどういう妄想に囚われていたのかを詳しく説明することは容易ではない。残念ながら、今の私にできることは、もう少しだけ実用的な妄想をしてみることだけだ。

新たなる妄想

\( y = x^2 - 2ax + 2a^2 + 2a + 1 \) という関数で \( y \) の値が最小になるよう \( x \) と \( a \) の 2 つの変数の値を定めよ、という問題が与えられたとする。(嗚呼、高校生の私が疑ったように、どう言い逃れしようとも、これは 2 変数の問題なのだ)

あなたはこの問題を処理するために、小さな部屋を用意し、人を閉じ込める。

あなたは部屋の外から、「もし私が勝手気ままに \( a \) の値を決めたならば、あなたはこれに対して \( y \) の値を最小にするような \( x \) を求められますか?」と尋ねる。「お安い御用ですよ。なんなりと \( a \) を決めて下さい」という答えが中から聞こえてくる。

ためしに、\( a=1 \) と書いた紙を、扉の下から部屋の中に差し入れてみる。すると、「 \( x \) が \( 1 \) のときに、\( y \) は最小値をとり、これは \( 4 \) です」という返事が返ってくる。\( a=0 \) と書いた紙を差し入れてみると、「 \( x \) が \( 0 \) のときに、\( y \) は最小値をとり、これは \( 1 \) です」という返事が返ってくる。

部屋の中の人にとって \( a \) は自分たちであれこれいじることができない定まった数で、彼らにとってこれは「定数」であると表現することができる。一方、あなたにとっては \( a \) の値は自由に決めることができるのだから、相変わらず変数である。これはある人物が敵なのか味方なのが、それを判断する人がどちらの陣についているかによって変わるのに似ている。定数というモノがはじめからあるわけではなくて、立場によって同じ文字が「定数」とも言われ「変数」とも言われるわけだ。定数というのは「変わらない数」ではなくて、議論の外で(上の喩えにおいては部屋の外で)値が決められるために、議論の中(部屋の中)でその値を変えることができない文字というような意味だ。

部屋の中の人はそのうちに「\( a \) の値にどんな実数を与えられようとも、\( x = a \) のときに \( y \) は最小値 \(a^2 + 2a+1 \) をとる」という結論を出してくる。あなたは部屋を解散し、もはや \( a \) を定数だと考える人はどこにもいなくなり、それでもこの結論だけは相変らず正しいものとして、あなたの手に残る。

もしかすると、「部屋の中の人は \( a \) を定数と信じて結論を出したんだ! あなたはその前提にある \( a \) が定数だということを無視して、結論だけ用いようとするのか? 勝手ではないのか?」と言って怒る人がいるかもしれない。これに対してはちょっと感動的なスピーチをすることができる。

「どうか定数という文字が持つ印象に左右されずに考えていただきたい。部屋の中の人たちは \( a \) の値に何が与えられようとも、それを受け入れて推論した。そんな彼らの出した結論だから \( a \) の値によらないで成り立つわけで、部屋の外にいた私が自由にその値を決めたとしても、彼らの結論の正しさは変わらないのだ。そして、これこそが彼らが \( a \) を定数と考えたということの意味に他ならない。重ねて言うが、部屋の中の人たちが \( a \) を定数として推論を行ったからこそ、部屋の外にいた私は \( a \) の値を自由に変えることができるのだ」。

あとは、あなたは \(a^2 + 2a+1 \) を最小にする \( a \) の値を、実数の中から探せばよいのである。この新しい議論で \( a \) が変数として扱われるのはもちろんである。

@kabipanotoko