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The Chambers Dictionary

2015-5-12(Tue)

辞書を読む癖

辞書を読む癖がある。「癖」と表現したのは、どこかで誰かがそう言っていたのを借りたのだが、まことにうまい言い方だと思う。目的があって読むわけでもないし、それが何かの役に立っているとも思われない。言葉を覚えるということすらなくて、読むそばから忘れてしまう。だから、癖なのである。

それでいてどんな辞書でも読むかというと、そうでもない。つい読んでしまう辞書と、あまり読まない辞書がある。もっとも、その分かれ目がどこにあるのかというと、大変微妙だ。役に立つ辞書と読んで面白い辞書が別であることは勿論であるが、世間一般に個性的と呼ばれる辞書が読んで面白いかというと、そうとも限らない。これなんかは人間でも似たようなものかもしれない。——ともかく具体的に話を始めよう。

The Chambers Dictionary

英語の辞典でいうと、The Chambers Dictionary あたりが読んで面白い辞書だ。わが国ではいささかマイナーな部類に属するが、初版は 1872 年だから古くからある辞書と言っていいだろう。現在も改訂を重ねていて、最新版は 2014 年に第13版が出ている。Wikipedia の Chambers Dictionary の項によると、英国のクロスワード・ファンやクロスワード製作者御用達の辞書ということである。

たとえばこの辞書で horn という単語を引いてみると、

動物の頭から生える固い outgrowth で、時には牛や羊や山羊などの hollow structure に限定されて使われ、時には鹿の antler やキリンの頭の突起、サイの snout などにも広げて使われる。カブトムシの antenna。カタツムリの tentacle。……(The Chambers Dictionary 第12版)

などと長々と説明が続く。詳しいように見えて、どことなく緩い調子なのである。この緩さは、Concise Oxford Dictionary (COD) の語釈と比べてみると、はっきりわかる。

骨の成長したもので、硬化した皮膚で覆われており、しばしば湾曲し突出する。牛、羊、山羊などの頭に対になって見られる。/成長して硬化した毛で一本か縦に二本が並んでサイの鼻面にある。/他の動物に見られる horn に似た突起。たとえばカタツムリの tentacle(Concise Oxford English Dictionary)

こちらは、折り目正しく情報も多いが、なぜか読もうという気にならない。適度な(あくまで適度な)緩さというのは、読む気にさせる一条件だと言えそうだ。

鹿の話が出てくるのは Chambers のほうだけだというのも、これらの辞書の違いである。COD が antler のことを載せていないのは、antler という別項目があるからかもしれない。

ついでに、Chambers で antler を引いてみると、「もともとは horn の一番下の枝のことを指したのだが、すべての枝を指すようになった」などと、やっぱりちょっと余計なことが記されている。信頼すべき話かどうか、にわかにはわからない余計なことがさり気なく書いてあるというのも、読んで面白い辞書の要素の一つであることは間違いない。

もっとも、これは当たり前のことかもしれないが、読んで面白いというのと実用になるというのは別の話だ。

たとえば、corrosion(腐食)というのを Chambers で引いてみると、アルファベット順の場所には、その項目が見つからない。これは動詞形の corrode(腐食する)という項目の下位項目として載せられている。派生語が一箇所にまとめられているので、読むぶんには面白いが、わからない語を引こうとすると、それらしい関連語を当たって子項目を追わなくてはならない。

情報

Chambers Dictionary の現行版(13版)には、2 本の紐栞がついている。

Chambers Dictionary はスマホ用のアプリが発売されている。

ウェブ上で Chambers Dictionary を検索すると、出版社が作っているページがヒットし、ページの上端に単語が検索できるフォームがついている。ところがこれは The Chambers Dictionary の検索フォームではなくて、Chambers 21st Century Dictionary の検索フォームである。こちらの辞書は、実用的な辞書で、あまり愛敬がないからお間違いなきよう。

おわり